めんどくさがりの理想の追い方
理想の暮らし、自分、人生。
好きなだけ挙げていいなら挙げられるし、すぐになれるならなりたいと思う。
けど現実はそうはいかないものである。
理想ということは、そこに自分はまだ到達していないのであって、理想に近づくにはある程度の道のりがあるってことだ。そこには努力やら何やらが必要な場合が多いのだろうし、時間だって掛かるかもしれない。
何を言いたいのかというと、もうそれこそがめんどくさい。私は。
あるよ、あるある。
理想の体型、生活、将来像。
ほんとキリがないくらい。
でも努力ってめんどくさい。
こつこつやるのが無理。継続出来ない。
だから納得して進むしかない。
てっぺん目指すのは疲れるから、ある程度のところで、まあよくやったなって思うしかない。
完璧にやろうとするのはほんとに疲れる。
ある程度のところで満足しといて、また頑張りたくなった頑張って、またある程度のところで満足して、ってやりたい。
そっちの方が性に合ってる気がする。
山を一気に登るのは無理でも、休み休みならいけそう。満足したところでやめてもいい。
だってその山は誰に頼まれたのでもなく自分で作った山だし、登る足は自分の足しかないから。
自分のペースでいいし、てっぺんまで登らなきゃ地獄に落ちるわけでもないし、勝手に作った山なんか崩したっていいんだし。
私はめんどくさがりだから登るのすらめんどくさいけど、やっぱり山は一つくらい欲しいから、めんどくさいけど少しずつ登ることにする。
嫌になったらやめる。
楽しければ登り続けられる。
それだけ。
理想なんてものは、人それぞれの近づき方があっていいものだと思う。高いからいいとか低いからいいとかそんなものは自分次第だし、努力の仕方、満足感の得方がある。
みんなみんな同じじゃない。
一番を目指す必要もない。
自分に合った山や道を、好きなスピードや歩き方で進めばいいと思う。
私は私がめんどくさくなくて疲れない方法で進むだけ。
とりあえず運動はめんどくさいから食事制限をして痩せたい。